(叶わなくてもいいけど)また妻と子供と一緒に同じ家にすみたい(希望を持つこと)

今日のgood & new

今日もこの時期とは思えない寒い日だった。
パラパラと雨は降っていたけど、傘はさす程度ではない中途半端な天気だった。

久しぶりに忙しい仕事の日だった。
打ち合わせが3つ重なって、さらに最後の打ち合わせは3時間の長丁場だった。
帰ったのは8時を過ぎていた。
残業をしたのも久しぶり。
3時間ずっとぼく一人で喋りっぱなしで、最後は声が出なくなっていた。
明日は多分、喉が痛くなっていると思う。
全力を出し切った。
そのおかげで、打ち合わせ参加者にはぼくの誠意が伝わったと思う。
プロジェクトに逃げ腰だった担当者の目の色が少し変わった。
心に火がついた感じだった。
消滅しそうなプロジェクトが、これで息を吹き返せば頑張った甲斐がある。
今の仕事のいいところは、いろんなグループ担当者の調整をして、やる気を出させることができるところだ。
ぼくには全く手当がつかない。
それを関係者はわかっているので、ますますぼくの他者貢献が目につくんだと思う。
恩を着せるつもりは毛頭ないけれど、人のやる気に貢献できることは、自分の幸せにつながると思う。

夜には、弁護士からメールが来ていた。
現在進めている子供の面会調停の面談の依頼だ。
そもそもぼくは去年の夏にすでに面談を済ませている。
再度、面接官がぼくに聞きたいことがあるらしい。
妻がいろいろとごねているんだとおもう。
口では子供を会わせてもいいと言っていたけれど、心の中では合わせたくないんだろう。
なんで、別居中の奥様方は、子供の親に会う権利を無視できるんだろう。
そんなに夫を憎んでいて、会わせたくないんだろうか。
いろんな人の話を聞くと、連れ去られた子供と夫が会えるには2年くらいかかるらしい。
ぼくはすでに1年半会っていない。
子供が会いたいと言っていても、会わせない気持ちがわからない。
多分、子供をとられるように感じて、怖いのではないだろうか、
ぼくは子供には会いたいけど、執着はしたくない。
でも、また3人で同じ家に住みたいという願いは持っている。
叶わなくてもいいけど、夢は持っている。
そんな気持ちでいることが、自分を苦しめない態度なのではないだろうか。
気持ちに余裕ができて、1年前の自分より成長したと思うとうれしい。

⭐️ぼくはついている
⭐️なんとかなる
⭐️ありがとう

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